大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)1435号 判決

原告

山本隆一

外一名

被告

丹波貨物自動車株式会社

主文

被告は原告山本隆一に対し金三六五、五三八円、原告山本英子に対して金二〇〇、〇〇〇円及びそれぞれこれに対する昭和三〇年五月四日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分しその三は原告等の負担としその余は被告の負担とする。

この判決は原告山本隆一において金一〇〇、〇〇〇円、原告山本英子において金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

昭和三〇年二月二日原告等肩書自宅前道路西端に停車中の被告の使用人運転手長友正巳の操縦に係る被告所有の兵一―二四、四七七号の普通貨物自動車(助手藤稿肇が同乗していた。)が発車直後原告等の子亘〓と接触し、その為亘〓は傷害を被り死亡するに至つたことは当事者間に争がない。

そこで、本件事故が本件自動車の運転手長友の過失に基因して惹起されたものであるかどうかの点について考えよう。

真正に成立したと認める甲第一号証、成立に争のない同第二、第三号証、第四号証の一、二、証人中北正文の証言により真正に成立したと認められる同第五号証、証人松村喜代作の証言により真正に成立したと認められる同第六号証、原告山本英子本人尋問の結果により真正に成立したと認められる同第七号証、証人松村喜代作、中北正文、西山曙、松井彌三郎、長友正已の証言、原告山本英子本人尋問の結果及び検証の結果を総合すると、本件事故現場は原告等肩書居宅前の南北に通ずる幅員八メートル五〇センチの道路上で、右道路は東西両端約一メートル五〇センチは石畳の歩道で中央部はアスフアルトで舗装されており、原告居宅は右道路に間口約八メートル、奥行約二メートル三〇センチの空地を隔てて東面し、右空地と道路との間には巾約一八センチメートルの溝が南北に通じ道路と空地との境を形成しており、右空地の東北角から溝の西端の線に沿つて約五三センチメートル南に、右線上にほぼ中心を有しし、溝と空地とに跨り直径約三〇センチメートルの円形のマンホールがあり、溝の東側の線を前記空地の東北角から約一一五センチメートル北へ延長した地点から右線に直角に東へ約四八センチメートル隔てた石畳上には直径約五〇センチメートルの電柱が立つていること、右マンホールの南側から南へ八五センチメートル隔てた溝の西側の線上の地点(以下(イ)点と称する。)と(イ)点から右線と直角に東へ約一メートル隔てた地点(以下(ロ)点と称する。)とを結んだ直線から北側石畳上には巾約四五センチメートルの間に右マンホール修理用の溶したセメントが置かれていて、右マンホール附近で松村喜代作がその修理に従事していたこと、(イ)、(ロ)点を結んだ直線の中間附近には当時満八才の亘〓が西向に、(ロ)点の空地附近には中北正文が東向に、いずれもしやがんでセメントいじりをして遊んでいたこと、一方発車直前本件自動車は(イ)点から約四メートル南方に北向に道路西端から約五〇センチメートル間隔を置いて停車していて、本件自動車の右側運転台からは亘〓等の遊んでいる姿を望見できたのみならず、発車に際して亘〓の所在場所を避けて道路中央部に車体を進行させるには何等支障となるような通行車通行人等の障碍物がなかつたこと、従つて運転手長友において亘〓の存在を認識していたならばこれを避けて車体を道路中央部へ進行させることは容易であつたのに拘らず、同乗の助手藤稿肇の発車の合図に進行方向に障碍物がないものと軽信し、亘〓の存在に気付かず、前方の電柱を避けることのみに気をとられ、警笛をも鳴らさず漫然本件自動車を発車北進させたため、発車直後車体左側部を亘〓に接触させ、同人の上衣を引かけて同人を横倒しにした侭約二メートル同人を引づり、更に道路上に横倒になつて動かなくなつた同人の腰部に左後車輪を接触させ、よつて同人をして頭部打撲に基く頭蓋底骨折のため同日午後五時三五分前記の通り死亡させたことが認められる。前記甲第二号証の記載、証人中北正文、西山曙、松井彌三郎、長友正巳の証言中右認定に反する部分は信を置けず、他に右認定を左右する証拠はない。

そして、自動車の運転手は自動車を発車させるに際してはその進行方向に人又はその他の障碍物が存在するかどうかに注意し、若し存在するような場合は警笛を鳴らして退避させるか或は自らこれを避譲して進行しうるかどうかを確かめた上進行する等事故発生を未然に防止する職務上の注意義務を有すること勿論であるに拘らず、長友はこの義務を怠り、約四メートル前方に亘〓が遊んでいることに気付かず警笛を鳴らさず、自動車を発車させたため前記事故を惹起したものであつて、長友には過失の責任があること明らかである。もつとも、被告は亘〓が自動車の発車の際のエンジン始動の音で発車の模様を知り得たものである旨主張するが、原告等本人尋問の結果及び検証の結果により認められる、「原告等方南隣は被告の営業所でその向側の空地は被告の駐車場となつており、原告等方前附近は絶えず自動車が発停車していて可成、自動車等の交通頻繁でその騒音が相当激しいところである」との事実を併せ考えると、遊びに夢中になつていた当時満八歳の亘〓に対し本件自動車のエンジン始動の音で発車の模様を知ることを期待することは難きを求めるものであるから、仮に亘〓において自動車のエンジンの始動の音で発車の模様を知らなかつたとしても、被害者である亘〓に過失があつたものとして長友の過失を否定し得ないことはいうまでもない。そして、証人長友正巳の証言によると、被告の使用人長友は被告の営業である貨物運送事業に従事中本件事故を惹起したことが認められる(被告が貨物運送事業を営んでいることは当事者間に争がない。)から、被告は原告等が亘〓の死亡により被つた損害を賠償する責任がある。

よつて進んで損害の額について考えるに、原告等各本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第一〇号証の一から二五まで、原告山本隆一本人尋問の結果により成立を認め得る同第一一号証の一、二、同第一二号証、右本人等の尋問の結果によると、原告隆一は亘〓の死亡により葬儀費及び雑費等に合計金一六五、五三八円を支出したこと、同人は山本刷子株式会社の代表取締役で年収金二、〇〇〇、〇〇〇円余を得ている外、動産不動産等の資産合計一、五〇〇、〇〇〇円を有し、原告英子は同人妻であり、原告等は母親及び一男一女と共に肩書居宅で中流以上の生活を営んでいること、従来も被告の営業所ではその貨物自動車を北隣の原告等居宅前道路上に駐車させることが多かつたので、原告等は危険の発生を恐れて度々被告の営業所に駐車差止を要求して来たことが認められるから亘〓の死亡により相当の精神的苦痛を被つたことは推測するに難くない。そうだとすると、前記認定の当事者双方の事情及びその他諸般の事情を参酌し、被告が原告等に支払うべき慰藉料の額は各金二〇〇、〇〇〇円を以て相当とするから、被告は原告隆一に対し財産上の損害として金一六五、五三八円と慰藉料金二〇〇、〇〇〇円合計金三六五、五三八円、原告英子に対し慰藉料として金二〇〇、〇〇〇円をそれぞれ支払う義務がある。

よつて、原告等の本訴請求中右の限度において相当であるから認容し、その他は失当として棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条九三条を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 高沢新七 中島孝信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例